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2006年8月25日 (金)

坂東眞砂子「猫殺し」の寓話

坂東氏の「猫殺し告白」エッセイの波紋が広がっている。
私自身、先日「坂東眞砂子はホントは猫を飼っていないと思う」
http://tobeisao.cocolog-nifty.com/blog/2006/08/post_e194.html#more
という駄文を書いたら、今までの拙文を合わせたよりも多くのアクセスをいただいた。

しかし、私は、坂東氏のエッセイに対するブログの反響のほとんどが、猫殺しが事実であることを前提としていることに違和感がある。

ブログを読んでまわっていると、ほとんどが、猫殺し<猫を飼う=不妊手術、という比較で、後者の方がまし、という意見を、感情、文学、心理学、倫理学、経済学まで、ありとあらゆる手法を駆使して展開して語っている。
どちらかというと坂東氏を評価する人でもあくまで「猫殺し」を事実とみなしているようだ。

この「猫殺し」をちょっとおいといて考えてみたらどうなるだろう。

ペットを飼う人、可愛がる人は、不妊手術に限らず、その行為に疑問を感じたことは本当にないのだろうか。
普段から「殺すよりはましだ」という意見で、「思考停止」しているのだろうか。

本当は、時に後ろめたさや疑問を感じたことがあるはずではないのか。
特に他人のペットの可愛がり方、飼育の仕方に違和感を感じた時に・・・普段のブログにはそういう記事を見かけると思うが。

坂東氏のエッセイは、そういう後ろめたさをグサリと突いてきたのではないか。効果を最大限に発揮する為に、小説ではなく、新聞連載エッセイ=ホントの話、という舞台を利用したのではないか。

同エッセイの良し悪しを「批評」するなら、あくまであのエッセイを「偽エッセイ」=フィクション=風刺とした視点で、そのやり方の是非まで踏み込まなければ片手落ちだと思う。

※昔、筒井康隆氏が、新聞書評で、実際にない書籍の書評を行なうという実験行為に及んだことがあった。後日その事実が公表された時、読者の反応はどうだったか、残念ながら知らない。

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コメント

初めてメール差し上げます。
「普段から「殺すよりはましだ」という意見で、「思考停止」しているのだろうか。本当は、時に後ろめたさや疑問を感じたことがあるはずではないのか」とのご意見、全く同感です。
私も今回、坂東氏のエッセイからあらためて「避妊手術」を見直してみて見ました。人が自らのエゴで動物を断種する行為と子供を殺す行為、どちらのエゴにも優劣は付けられないように思います。これは坂東氏も言っている事ですが・・・
ハンセン病にまつわる悲劇を思い出してしまいましたが、両者を比較するのは乱暴でしょうか?

投稿: つとむ | 2006年8月26日 (土) 11時52分

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