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2007年5月 3日 (木)

本感想:天と地の守り人 第三部

守り人シリーズ最終作。「新ヨゴ皇国編」。(以下ストーリー記述)

十年以上続いたシリーズの、同じ時間をつきあってきた物語の最後を遂に読んでしまった。最後の一冊は最初から最後まで涙しっぱなしだ。

プロローグのチャグムの日誌から切なさに涙。
さらに序章で、北の大国タルシュの皇帝の「夢」に、尽きぬことの無い人間の夢という名の「業」の深さに涙・・・。
二百年間戦を知らず、古きに則り、新しきを知らず、外を拒否した「清浄な」為政者に率いられた新ヨゴ皇国は仕掛けられた戦に成す術も無く、その哀れさに涙。

バルサらに守備されて、ロタ王国へと移動する新ヨゴ人の描写は、今日の紛争地帯から国境を越えた多くの難民の姿を思わせて痛切。

若き皇子が復活し民衆を救う為に軍の先頭に立つ姿は、本来なら感動で感慨に浸りたい所だが、彼=チャグムの成長は、世俗と屍と血と謀略にまみれていた・・・「穢れ」ることが「生き延びること」という冷徹な描写。

タンダを取り戻したバルサ。だがタンダの心も体も傷ついた姿にバルサの「つれあい」の言葉があまりにも胸が痛む。

古きものは帝と共に滅びる。新しきもの全ては皇子にのしかかる。王の孤独。壮絶な宿命の過酷さには慄然。

現世の陰鬱なトーンと対照的に一部、二部と予告されていた異界のナユグの春=婚姻=躍動する命が「水」の奔流によって表現される様。そしてトロガイの呪術による金色の蜘蛛が吹き出す金色の「糸」の毒々しいまでの描写の力強さは圧倒的。冗談抜きで老人は枯れてはいない。

戦は結果として痛み分けだ。それでもチャグムを始め、為政者達は新しい希望を育んでいく、その一方であくまで世俗に生きるバルサ達の姿で物語は幕を閉じる。

シリーズ全体を通して他に付け加えるなら、どっちかというとアナーキーなバルサから世俗に生きる人々、チャグム達為政者の間の存在として、ヒュウガ、シハナ、シュガ、といった人々の描写が印象的だ。
己の欲望も世俗の幸せも望まず、ひたすら国の為に奉仕し、政治の知略や謀略に身を投じる彼らは、現実に言うところの、官僚であり秘密情報部員であり、愛国者でもある。
彼らこそ現実の政治では存在しながら、同時に極めて複雑な個性を持っている。それを児童向けファンタジーの体裁の中でここまで、描ききっている。

10年以上前初めて「精霊の守り人」を読んだ時の感想は、「少年」に必要なものが全て描かれている、だった。
人間の想像力、夢から厳しい現実に至るまで、人生について伝えたいことは、全て網羅されている、と。

最初の一冊ですらそう感じたのに、以降も、数多のシリーズものにありがちな拡大再生産に陥ることもなく、人間の内面から社会構造、さらに自然環境の変化まで、現世から異界まで文字通り「世界」の存在の全てを読み手に伝える筆力に圧倒されている。


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