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2008年7月14日 (月)

過去の感想:「近藤玲子水中バレエ団」[2009/12/4追記あり]

※以下2000年8月8日に書いたものを一部修正のうえ、アップした。

文中(近藤玲子談)とあるのは、劇場でお客に向かって近藤氏が講演した科白を私が記憶したものや、近藤氏のご好意で舞台裏を見学させて頂いた時に聞いたものです(然るべきルートで引用許可をとったり、正確性を確認してもらったものではないので引用したりしないでくださいね。それでも文字通り泡のごとく消え失せた水中バレエへの想いを書いておきたかった)。


2000年も既に半ばを過ぎ、21世紀は目前。あまたあるであろう、21世紀を待たずに消えていく文化、芸能。その一つに、1999年11月に幕を閉じた、読売ランド遊園地内の「近藤玲子水中バレエ団」があった。

[2009/12/4追記]
今の今まで水中バレエは近藤玲子水中バレエ団のみと思い込んでいたが、そうでないことを知って心底驚いて己の不明を恥じている。こちらサイト参照。

[以上追記終わり]

「水中バレエ」観たことがない人でも子供の頃にその名を聞いた事がある人や、CMを観た覚えがある人はいるだろう。劇場に入ると舞台があるべきところには水族館の如き、巨大なガラスの壁が一面に覆われ、その向こうは全て水。その中でバレリーナ達が踊る姿は文字通り人魚そのもの。科白のないバレエとは違い、劇はミュージカル仕立て、音楽や歌、科白は別に録音されたものが場内に流され、バレリーナ達がそれに合わせて、口パクし、踊る。それがいつの頃からかTVメディアから見かけなくなってしまった。

しかし読売ランド開園以来、ずっと『水中バレエ劇場』はあり続けていた。しかも真冬以外のほぼ一年中、日々公演は続けられていた。なんとコンピュータメーカーの富士通は社員への福利厚生サービスの一つとして、毎年、公演の観劇を行っていたそうだ。

私個人の体験では、12歳頃だったろうか、これを観て、その現実とは思えぬ美しさ、不思議さに感動した。照明に照らされた演技者、泡の美しさ、空気中では絶対出来ない上下に束縛されない回転、空気中の宙返りとは全く異なるゆっくりとたゆたうような舞の芸術性。

さらに感激したのは、水中バレエ団創設者で、演出、台本等一切を仕切る近藤玲子氏の解説だった。

公演が1回終わる毎に、近藤玲子は自らマイクを持って観客にバレリーナを紹介し舞台挨拶を行うと共に、水中バレエの技術について、観客に認識を深めてもらうために、訴えつづけた。

4300トンの水を湛えた水槽の中で演じられる水中バレエ。水深3~6メートルの水圧下では目も見えない。音だけは水を通して振動が頭がい骨へ響くことでかろうじて伝えられる。

その中で、水中眼鏡、鼻栓、アクアラング等一切の防具を着けずに演技する。さらにバレリーナのかつらは、『水に沈みやすくする』ためにずしりと重く作られ、水中で口パクをして口に水が入ってきても一切おぼれない、潜水病にかからない、鍛えぬかれた技術の高さはシンクロナイズド・スイミングの比ではない。『(シンクロナイズドスイミングの)鼻栓…。あれでは女性の顔の美しさが台無しだ』(近藤玲子談)

だがそんな演技を遮るかのように展望ガラスには水圧から守るために縦にいくつもの支柱が立っている。水族館のようにアクリルにすれば支柱を減らせる、観易くなる、という声もあったという。『アクリル越しに観ると像を歪める。演技者の美を損ねる可能性のあることは絶対に出来ない』(近藤玲子談)。演技者の手は握手すると、やわらかくてすべすべだった。高い技術の習得の為に決して演技者の健康と美を損ねることをしなかったことがうかがえる。『一切危険な目にあわせなかった。観客の娯楽の為に演技者の美と安全を犠牲にはしなかった』(近藤玲子談)。

大正生まれのバレリーナ近藤玲子が読売の正力松太郎に依頼されて一代でゼロから作り上げた水中バレエ。それが読売グループから、読売ランドを出るように言われた時、きっぱり水中バレエ団廃止を決めた。他所にスポンサーを探すことはしない。『正力松太郎から読売ランド内に水中バレエを作るように言われたのだ。他のどこでもない。私は昭和時代の商売人ではない、大正生まれの芸術家だ。劇団四季の浅利慶太等とは一緒にするな。』(近藤玲子談)。それが近藤玲子の誇り。

『ここを出て行くとき、私は何も(小道具も衣装も)持っていきません。身一つの唯の老人です』(近藤玲子談)

 

以上、近藤玲子の発言に沿った水中バレエの概要だ。ここから先、私自身、あの水中バレエが失われたことを惜しむが故に振り返って感想を書いてみたい。

近藤玲子氏の潔さは、確かにこんな時代にあって、特筆すべきものがあるし、美徳だ。『水中バレエ』を遺跡か過去の遺物の如きに惜しまれて記録に残すような真似はしたくなかった、あくまで生きた芸術としてのみ存続することを選んだのだろう。

しかし近藤玲子には分かっていなかったことがあるのではないか。絵は額縁に入れて残り、それを観る人がいれば永遠だ。しかし『水中バレエ』は生きていた。それが無くなったら思い出話にしかならない。絵は描き手一人のものだ。しかし舞台は演出家一人のものだろうか。舞台は動き出したらそれは個々人が集まって誕生した新しい生き物だ。演出家一人で生き死にを決めて良かったものだろうか。

近藤玲子が切り捨てた部分を考えてみたい。

近藤玲子は芸術としての孤高を重視するあまり、芸能を、いや早い話、大衆娯楽を低く見ていたのではないか。自分の芸術を理解できない娯楽ビジネスを、さらに理解出来ずに水中バレエを観に来なかったお客の存在に怒りを覚えていたのかもしれない。

さらに近藤玲子はこうも言っていた『舞台裏を見せたことは、他所に真似をされると困るから、あまりない』(近藤玲子談)。過去に「もしも」は禁物だが、私はそれでも今思う「他所が真似をしようとすれば、その技術の高さ、困難さがもっと理解されたのではなかったか」と。

芸術家としては自らの全身全霊を賭けた作品が真似されるのを拒否するのは当然だ。しかし大衆芸能、あるいはプロスポーツ、いや芸術だって、時に競い合ってこそ華があるものではないか。それを体験する機会やマスコミの取材があるからこそ観る側にも、プロの苦労が伝わるのではなかったか。

近藤玲子は正力松太郎との約束を貫いた、それは確かに義理と人情というものを私達に想起させる。しかしそのために水中バレエを失うことを正力松太郎が望んだだろうか。

正力松太郎という人自身が大衆娯楽ビジネス、文化活動の偉大な成功者であったはずだ。大衆に迎合するだけではない、大衆のレベルを底上げ、開拓、時には操作誘導さえしてしまう。そういう人との約束をどう捉えるべきか。

やはり近藤玲子は正力松太郎亡き後の、義理も人情も水中バレエを売り込む商売っ気すらない読売なんかに引導を渡して、外にスポンサーを探すべきだったのではなかったか。おそらくあの平成バブル景気の頃だったら、都心に専用施設を新設してくれる位のアミューズメント企業はあったと思う。観た人なら分かるが、水中バレエにはそれだけのケレン味も、若い人達向けのロマンチックなアミューズメントスポットとしての可能性も持っていた(都心にあれば、特に若いカップルには、プラネタリウムや水族館より絶対人気が出たと思うよ)。

さらに蛇足だが劇団四季はスタッフにせよ役者にせよ舞台だけで飯が食える事を目指したもであると聞いた事がある。それは誇るべきことであっても何ら恥じることではないはずだ。それを『商売人と一緒にするな』と言い放った近藤玲子は良くも悪くも芸術家であり、

スタッフとバレリーナ達を含めて『水中バレエ』が『大衆芸術として永遠に生き続ける可能性』は創設者の理想に殉教させられたのではなかったか。

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コメント

懐かしい水中バレエについて書いていらしたので、拙いコメントですが寄せさせて頂きます。

私は自分が幼稚園児の時(昭和40年代初頭)に遠足で水中バレエと出会いました…、
其の後は全く訪れる機会も無く成人し(丁度其の頃TDLが開演した事もあり、国内既存の遊園地の存在感が薄まった気が致します)(それに都内から行くのでも一寸遠く感じて居ました)たのでしたが、
其の間…あの幻想空間の事は頭の何処かには在った感じで、
自分に子供が出来て其の子が小学校に上がった頃、『我が子にも小さな内に絶対観せておきたい』と思い立ち、約30年振りに訪れたのでした。

子供の手をひいて歩いて行くと、私が初めて訪れた時から時が全く止まって居たかの様な佇まいで劇場は立って居ました。

子供は勿論、私が初めて観た時と同じく初々しい感性で色々と受け取って居る事が手に取る様に判る位、目を大きく見開いて惹き付けられて居ましたし、
私自身も、幼児期に刻んだ記憶がありのままに再現されるのに伴って隠れて居た記憶までが更に蘇っていく様に驚き、そこまで強烈な印象を受けて居たんだと云う事実にも改めて感動した次第です。

此の時には、既に閉鎖が決定して居た様で、
帰り際に劇場の

投稿: | 2009年8月 9日 (日) 11時56分

出口で、近藤玲子先生が直々に我が子の手をとられて、水中バレエへの熱き思いを語られた後、本当に無念そうに『悔しい』と仰って居たのが胸に残りました。
帰り道…お別れしたばかりの近藤玲子先生の印象について我が子が語りだしたので『水中バレエが無くなっちゃうなんて残念だけど…あんな風に熱い芯が1本通って背筋のピンとした大人って凄い…素敵だね、フランスとかの毅然とした御婦人って感じ』と云った様な会話を親子で交わしたと記憶して居ます。

全くの個人的思い出レベルに留まるコメントでお恥ずかしい限りですが…、
余りに懐かしくて失礼してしまいました。

投稿: | 2009年8月 9日 (日) 12時06分

わざわざのコメント、貴重な想い出をありがとうございした。

投稿: とべイサオ | 2009年8月 9日 (日) 12時28分

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