本感想:獣の奏者 4巻完結編(講談社)
物語の様式美や繊細さ多様性で勝る作家はいくらでもいるだろう。しかし大地を素手素足で駆けるような奔放さ、這うような大胆さ、迫真に満ちた物語なら上橋菜穂子に勝る作家は見当たらない。
物語は一応の完結だが、読めば分かる通り、エリンとリランの悲劇でも、実は何も終わっていない。むしろ始まりだ。
私は以前、単行本の2巻目のラストシーンを某掲示版で「苦い」と表現して、全く賛同を得られなかったことがあるが、今も考えは変わらない。
2巻のラストシーンで人々の上空を舞うエリンとリランの神々しいとさえ思えるビジョンはそのまま読めば未来への希望だ。だがそれは、完全に衆人の注目する所となったエリンとリランの前途多難の予感を記述していないだけのことだ。そして3、4巻でそれは描かれた。期待と予想を越えた過酷な物語として。
さすが、上橋菜穂子だ、と思ったのは、力の均衡、抑止力というもの(闘蛇、王獣)は、意外に早く、国境の外からの圧力で破られるということだ(故にいつまでもダミヤ如き内紛にかまっている暇はない)。児童向けの「守り人」シリーズでも既に外圧は描かれていたから当然だが。
そして今度も上橋は未来への希望だけで不安の予感は記述しなかった。人々は、エリンが命を引き換えに、リランも犠牲にした行為を目撃し(エリンとリランの飛翔を目撃したという点では、2巻目のラストシーンと同じだ)、争いを止め未来を約束した。
しかし記憶は歴史となると同時に風化し、いつか均衡は破られ争いは繰り返される。そのことを記述しなかったのは書くまでも無いからだ。ここまで読んできた「獣の奏者」自体が、その繰り返しの物語だったのは明らかだ。だが今回は、繰り返しとならないものが、先述した「外圧」の中にある。
上橋はエリンに他国の新しいシステムを垣間見せている。それは無論理想ではないが未来への可能性だ。
上橋が描く王国は、どの作品でも古い制度であり、滅びを迎える必然を内包している。上橋が描くのは王国の黄昏だ。多分「守り人」シリーズのチャグムもセィミヤも王国の幕引き役となるだろう。
そしてその後にこそ我々読者に提示された真の希望の未来があるのだ。
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