« NHK朝の連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」にちなんで貸本文化研究本あれこれ | トップページ | マンガ感想:在日米軍司令部発行「わたしたちの同盟―永続的パートナーシップ」 »

2010年7月21日 (水)

上橋菜穂子の世界に「結婚式」は何故ないか?

2009年のテレビアニメの最高傑作と信じるNHK教育テレビの「獣の奏者エリン」。その序盤のオリジナルエピソード4話「霧の中の秘密」が妙に印象に残っている。サジュの姉、ソジュの嫁入りの話だ。何故かと言えば、原作、というかおそらく上橋菜穂子の小説全般に、結婚制度は無論存在するが、結婚「式」の描写を読んだ覚えがないからだ。

そのことには気付いたが、その先に思考が働かなかった。ところが、最近になって、積読になっていた『SFマガジン、2010年1月号』(つまり2009年末の小説誌)を読んだら、新連載のファンタジイ論、中野善夫「黄昏の薄明かりの向こうへ」連載第一回に次のようなフレーズがあった。(以下引用開始) 『ファンタジイとは、理想の世界すなわちユートピアである』『ユートピアは変化してはならない』『ファンタジイには帰りたいユートピアがある』(引用終わり)

これであっと思った。上橋菜穂子作品には全然当てはまらない、むしろ真逆。ファンタジイだとばかり思っていた上橋ワールドは、ファンタジイではなかったのだ(笑)。道理で全然ファンタジイ属性の自覚がなかったSFファンの私があっさりハマった訳だ(?)。チョット置き換えてみると(中野善夫さんすみません)「上橋菜穂子の世界に、ユートピアは存在しない」「上橋菜穂子の描く王国に永遠の繁栄は存在しない」「上橋菜穂子の描くのは、王国の黄昏である」私は、チャグムもセィミヤも王国制度の幕引き役だ、と想像している。時代は、世界は変化を迎えているのだ。

で、話を戻して、それと「結婚式」の有無が、私の頭の中ではどうつながったのか?アニメの演出を観てつくづくと思ったのが「結婚式」とは二人だけ、家族だけの問題、儀式ではなくて、かつては村人全体の貴重なイベント、娯楽だったんだろうなあ。だからおめでたい。幸せを演出するのだ。翻って上橋菜穂子の世界では、結婚に幻想は抱いていない。幸せな家庭もあれば、打算的な政略結婚も堂々とまかり通る。しかしいずれにせよ、満ち足りてはいない。不幸だという訳じゃない、結婚前後もやはり常に変化しているのだ。変化を迎える世界をタイトに記述する上橋菜穂子に、「結婚式」という満ち足りた、自己完結的な幸福の演出=「ファンタジイ」に酔いしれている暇はないのだ。

|

« NHK朝の連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」にちなんで貸本文化研究本あれこれ | トップページ | マンガ感想:在日米軍司令部発行「わたしたちの同盟―永続的パートナーシップ」 »

SF」カテゴリの記事

アニメ・コミック」カテゴリの記事

上橋菜穂子」カテゴリの記事

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/174938/48721617

この記事へのトラックバック一覧です: 上橋菜穂子の世界に「結婚式」は何故ないか?:

« NHK朝の連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」にちなんで貸本文化研究本あれこれ | トップページ | マンガ感想:在日米軍司令部発行「わたしたちの同盟―永続的パートナーシップ」 »