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2010年12月30日 (木)

アニメ映画感想:「蒼穹のファフナー HEAVEN and EARTH」

冲方丁の脚本が素晴らしい。シネマサンシャイン池袋で観たが一般上映だというのに終わった途端に場内の一部から拍手が出た。それだけズキンと来た人達がいたということだろう。
フェストゥムを通して描かれるものは実は人間の存在そのものだ。人は、心を共有できればこの苦しみを無くせると思いたがる。だがそれは個性を無くすということだ。人間の個性を知ってしまったフェストゥムは生と死、愛憎、繰り返される営みを次々と知ることなる、そして個性をもった一人が、その痛みと苦しみを無くすために使者としてやってくる。痛みと苦しみ=恐怖を無くすためには、その原因となった別の存在=個性=敵を殲滅してしまえばよい。この発想こそ、まさに人間そのものだ。人間のエゴイズムと恐怖。
来主操、実に象徴的なネーミングだ。主、来る、それは神ではなく神の代理人だ、操=純血主義、しかしそれではまだダメなのだ。汚れなければ人間らしくはなれないのだ。
その神の代理人に向かって、神に反抗しろ、説得しろ、純潔を捨てろと訴える、想像を絶する重責と恐怖だろう。だが、かのイエス・キリストに対してもそういう解釈がある。既存の世俗化した宗教に対する反抗者。
人間のエゴ、憎悪を知ってしまったフェストゥムに対するためには、真矢の「一騎くんを返して」という叫びも弓子の母親としての愛も重要な武器にはなれない。男女の愛も親の愛もエゴと憎悪をフェストゥムに煽るものでしかないからだ。
だが来主操は神を説得した。自らの個性を代償に、総士の個性を守り、一騎の目を治した。純粋な無償の愛。利他的な行為。
ただ最後に、私には結論が出なかった、自己犠牲的な行為は至高の愛と言えるのかどうか。私はそれが最上のものとは思えない。また映画も結論を出した訳ではない、一つの結果だ。人間という不完全な存在があり続ける限り、フェストゥムという人間の鏡の物語も終わりではないのだ。
特に今の若い人には、一見エキセントリックな意匠をまとった物語が人間存在の意味を問い、リアルに胸を打つだろう。

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