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2014年7月20日 (日)

韓国の漫画 韓国純情漫画感想:最近読んだ原書あれこれ(20140720)

「눈부시도록(まぶしいほどに)」12巻。ユン・チウン(윤지운)(大元CI)。11巻の感想はこちら。
今巻はほとんどフィアン(희안)回といってもいいほどフィアンの語りが続く。以前にも書いたことだが、このフィアンというキャラクター、競争社会、エリート主義として有名な現代韓国に対する、このマンガの作者による韓国人作家としてのアンチテーゼなのかもしれない。とにかく誰に対しても何も求めない、いつも微笑んで、何も自己主張しない、友達にも父親に対しても。一人で音楽でも勉強でもやれるのだが、人と競争はしない。争わないから自ら選択もしない。
そんな彼が、ムン・ユチェの姉、문담채(ムン・タムチェ)と再会すると、これまでのサイコな彼女が一転して、しおらしい孤独な娘に映るのがすごい。彼女が原因で父親から手ひどい目に遭ったにも関わらずフィアンは彼女を恨むどころか、タムチェはいいところも多いし、少なくとも彼女から失礼をされたことはない、と言い切る、これはフィアンが被虐的なのではなく、冷静に客観的に見ればその通りだったのだ。これにつられてか、タムチェもあの時を振り返る、ユチェらが思っているように男をフィアンにけしかけたのではない、フィアンを知って、男と別れようとしたら、逆切れされ、タムチェも暴力を振るわれていたのだ。
次にフィアンは、この漫画のヒロイン、ソクリンを呼び出し、語る、タムチェは僕が始めて自分でした「選択」だった、その影響は続きはしない、けれど「意味」は残る、と。※実に難しい表現だ。だが、印象に残る(笑)。
父親の暴力も「親父をあれ以外の対応方法を思いつかない状況に追い込んだのは僕だ。父親からさっさと逃げればよかっただけだ」と。これも以後父親とは会っていないが、後悔しているのは父親の方であることを既に母親から聞かされている事で、決してフィアンが自虐的な訳ではないことがうかがえる。
そして、フィアンは自分を、自尊心が不足しているだけだ、だけど皆が思うほど弱くもない、と自己評価してみせる。
最後にソクリンに、僕は反省を繰り返してきたが、選んできたことはそんなに悪くはなかった、と総括してみせる、そして今残された選択は、ソクリン、君が好きだ、と。
※いやあ、決まった、決めた!(笑)というところか。いまどきのいじめられっ子の自分が悪いという思い込みも、自己憐憫もない、何も求めないが、心の芯が折れもしない、常に冷静に客観的で、むしろフィアンを傷つけた筈の相手がいつも己を傷つけていたことまで見抜いていた、という具合に、とにかくフィアンの複雑な人間像が活写された。淡々として対話シーン、それもほとんどフィアンが喋くっているだけなのだが、こういう場面を読ませて飽きさせない、それどころか見せ場にしてしまう、この作者の筆力は私の文字力?では伝え切れない。
※※さらに思うのだが、フィアンというキャラが韓国人のアンチテーゼと書いたばかりだが、最近韓国の漫画評論誌「BOGO」2号に掲載された、この漫画を採り上げ批評した文中で、ソクリンの「父さん、私はもう求めるものが何もないわ」と嘆く場面をとらえて現代韓国の若者像だ、と指摘していた。これは、作中での指摘に従うならフィアンにこそ当てはまることではないか、とも思えるのだが、その辺はさらに批評、作品とも吟味が必要だ。それでも、「求めない若者像」というのは、私が考える以上に現代韓国でも既にリアリティがあるのかもしれない。

Mabusiihodoni12

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