カテゴリー「濱野京子」の記事

2020年5月 3日 (日)

本感想: #県知事は小学生? #濱野京子 作 #橋はしこ 絵 PHP研究所

Photo_20200503142101内容については、タイトル通り、表紙絵、帯にまで明解に表現されている。事故で一時的に県知事の魂が小学生の中に同居してしまう話だが、この事故も県知事の設定も、この作者らしい、中央政治と地方自治の関係の今日的な風刺。しかし、この県知事の性格描写が面白い。性格が悪いのは言うまでもないが、県知事の描写だけ見ると、単なる悪役ではなく、まるで同作者初のピカレスク・ロマン(悪漢小説)でも読んでいるかのようだ。
ストーリー的には地元利益誘導の実績に拘泥する県知事が小学生の家庭を通じて有権者のミクロな現実に直面し、姿勢を改め、小学生の方は、これをきっかけに身近な人々の県知事に対する反対運動に意識を向けていくのだが、この二人の関係には、小説ならではの伏線が添えてある。

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2020年5月 2日 (土)

本感想: #ぼくが図書館で見つけたもの #濱野京子 作 #森川泉 絵 あかね書房

Photo_20200502111701一節毎に思いがこみ上げる。もっと短時間で読了できる筈の頁をめくる指が、次行を追う視線が、何度も止まる。
濱野京子が、あかね書房から出した、児童書を巡る物語の舞台は、街の書店ビブリオバトル、ときて遂に、図書館の児童書に来た。これまで何度も書いてきたように同作者の描く世界は、私の共感。今回の図書館は、一段と共感を揺さぶられる。簡潔な図書館内の出来事の描写の一つ一つが一々、私の体験を呼び起こす。
以前、ある図書館が夏休み明け、学校に行きたくなかったら図書館にいらっしゃい、と呼びかけたのはまだ記憶に新しい。
本書は昨年2019年の刊行だが、この「巣ごもり生活」の時に読むことになるとは、偶然とはいえ皮肉がきつすぎる。街の図書館の体験、私のみならず今の児童どころか、今の老若男女の居場所、逃げ場の役割すら担うようになった図書館を皆が失い、先が見えない。彼らを思うと胸が痛む。

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2020年1月21日 (火)

本感想: #南河国物語 #濱野京子 作 #Minoru 絵 静山社

Photo_20200121214301驚いた。といっても、あの濱野京子が中華風ファンタジーだからではない。濱野京子が中華全般に造詣があるのは知る人ぞ知る、現代中国絵本の翻訳書もあるぐらいだし。さらに下世話なネタだが刊行が「ハリポタ」の出版社でも驚く程の事ではない。
サブタイトルが「暴走少女、国をすくう?の巻」本当に救ったのかは読んでのお楽しみだが、私事で、昨年秋には出ていた本書を読了するのをここまで引っ張ってきたのが悔やまれる程面白かった。
軽妙な語り口で展開する物語は、利発な小娘が舌先三寸で父親から周囲の大人達、為政者までもあれよあれよという間に手玉に取って動かしていく・・・で最後まで一気に読まされてしまったのに驚いた。
これまでの濱野京子の小説なら何度も立ち止まるように頁を繰る手が止まり、想起するところがあるのが私の常だったからだ。
こんな調子のいい話と語り口に徹したのは、この作家の新境地かもしれない。
※だが、それでもあえてうがった読み方をしたくなるのだが、これは今時の新書(ノベルズ)で氾濫する若い人向けのファンタジー小説に対する皮肉かもしれない。

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2019年11月26日 (火)

本感想: #谷中の街の洋食屋紅らんたん #濱野京子 作 ポプラ文庫ピュアフル

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濱野京子作、ポプラ文庫ピュアフルレーベル「ことづて屋」シリーズのスピンオフ作品。タイトルの知る人ぞ知る、谷中の洋食屋を舞台にした連作。私は谷中そのものではなくて、ちょっとずれて?弥生美術館(文字通り東大の弥生門の前にある)が好きで、二十余年、企画展示を観に通い続けている。
挿絵イラストはぐっと今風になった?が、中身は、時間がゆっくりと流れていくような老人たちの物語。でもなごみ作品と一味違う、油断できない。カバーにも帯にも書いていないがこれは、ミステリーだ。派手な展開や深い伏線があるわけではないが、人生の酸いも甘いも嚙み分けた老いの生と迫り寄る現実の重みをさらりと書き込んでいる。シンプルな構成なので、感想も書き込むとネタ晴らしになってしまうので、一気に私の共感ポイントを一点。私もコーヒーは味より香りがいい。飲むのは紅茶、それも紅茶専門店で淹れたものに限る(笑)。

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2019年1月10日 (木)

本感想: #この川のむこうに君がいる #濱野京子 作 理論社

Photo私にとって共感できるかできないかが基準となるのが濱野京子という作家だ。福島の原発事故以後のもどかしさ、違和感。「がんばろう」というフレーズは当時既に当事者を追い詰めるから禁句、と心理・精神分析学が普及していた筈だ。私は渋谷生まれの世田谷育ちだが、秋田生まれの親父そっくりの話し方だと他人から言われていたし、私は親父と叔父の電話で聞く声が全く区別ができなかったから私は秋田訛りが身についているんだろう。私は埼京線の通勤帰宅の車内で濱野京子の小説を読んでいるし職場は浮間舟渡にある。音楽ことに楽器は全く素人だがクラリネットよりサックスの方がカッコいいと思っている。学校の標準服はスカートよりもパンツスタイルの方がいいと思う。
と読みながら次々と想起されていく。そして人の心には誰でも人との間に川がある。
だがいつか、その川の見知らぬ橋を渡って見知らぬ向こうの世界へ行くこともあるのだろう。

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2018年11月25日 (日)

本感想: #ラッキーな菜子 #浜野京子 作、装画・挿絵/ #くまおり純

Girigirinohonya講談社のアンソロジー、競作リレー小説「ぎりぎりの本屋さん」収録。2016年発売の「ぐるぐるの図書室」の2年ぶりの企画第二弾といったところか。
ぎりぎりの立場に追い詰められた少年達が迷い込む不思議な今にもつぶれそうな「ぎりぎりの」ような古ぼけた本屋の物語。
「ぎりぎりの本屋」さん。そういわれて?原体験を、あるいはイメージを他人と共有できるのは何時までか。あるいはもう無理なのか。街の本屋さんはネットのブックショップの興隆の一方で減る一方。私の知っていた本屋も次々と廃業していった。かろうじて都心の鉄道の駅ビル、郊外のショッピングモールに大型書店の支店、チェーン店、あるいは鉄道自身が経営する書店が入っている。私もオンラインショップ以外で普段利用する本屋といえば駅ビル内のそういう本屋が増えた。神保町には通っているが。これからは「街の本屋」と言えば、駅ビルやモール内の書店を皆イメージするのかもしれない。
さて、ここに登場する本屋は、まだ作者、濱野京子と私がイメージを(多分)共有できる古いタイプの本屋が、現代ならではの問題を抱えた、しかし自身はそのことに無自覚な少女が、追い詰められた時に彼女を救うべく現れる、本屋とそこの店員らしき謎の少年がヒーローのごとく現れる。これは本は学びの導き手、手助けであるという寓意だろうか。
しかし、少年達はやがて、自分の危険な状況を自覚し回避できるようになる、助け合える誰かに出遭う。これは体験のことであり、体験が活かされるようになる時、本がヒーローであることは終わり、自分自身がヒーローになる、という成長のことかもしれない。

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2018年5月31日 (木)

本感想:#ドリーム・プロジェクト #濱野京子・作。#やぼみ・装画・挿絵。(PHP)

Dreamprojectやはり私にとって濱野京子とは共感の作家だ。一目でわかった、クラウドファンディングだな、と。わたしもここ数年、企画の経験はないが、常に何か企画に投資、応援し続けている。身の回りを、購入品、リターンがいくつか取り囲んでいる。
※ここで変則的なレビューだが本を読む前に私のクラウドファンディング体験の感想を記しておく。まず応援は投資とは限らない。私の経験では、私が金を出すことより、企画参加の呼びかけを何度もリツイートする方が、企画が達成した。私のおかげだというつもりは全くないが、そういう心掛けが大切だ。経験から、残日数僅か、低達成率でも毎日リツイートすると驚く程土壇場で大逆転、達成する。だから私の応援した企画のほとんどに私の名は残っていない。
※目標は達成し資金は集まったが結果的に結実しなかった企画もあった。でも落胆や怒り失望はなかった。企画者を責める気にもならなかった。夢に投資した、でも上手くいかなかった、それだけの話だ。
※不遜ながら企画についても意見を。企画者はサイトを出来るだけ更新すること。
※桁違いの投資規模の企画を成功させてきた人物が政治家とのコネはやはり大事だ、とコメントしていたことがあるが、これも傲岸不遜ながら「甘い」!と言っておこう。そんな心掛けでは思いがけないところで足元を救われるぞ。
さて、本の感想に戻そう。
表紙カバーを外すとさらに装画の上にクラウドファンディングの模式図を被せた、一ひねりした装幀になっていた。
上記の自分の体験と自然に比較し一喜一憂しながら読んだ。
本書を読むと従来の募金との違い、その利点がよく分かる。募金活動自体は子供でも出来るが金集めというハードルは高い、集めた現金の管理責任も重い。
クラウドファンディングは企画自体は子供でも出来る、ということが本書が児童書であることでよく分かる。一方でインターネットという口コミによる参加、応援、クレジットカード利用による資金管理が大人の仕事、管理責任であることが明確であり、かつ便利。
なんだか、解説、学習読み物みたいな印象になったが、無論、本書は小説。そこには文字通り老若男女、家族親類から、友人、コネ、赤の他人まで、個性豊かな人から無名の人まで、一つの目標の為にだが、各自必ずしも一丸にならずとも(⇒却って一丸になると大政翼賛、近視眼を招きかねない)、無理しなくても、一人一人の持ち味を活かしていけば、なんとかなるという、所謂根性ドラマとは対照的なアイデンティティの魅力が肩の力を抜いて読める。

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2018年1月 3日 (水)

本感想:#ソーリ! #濱野京子・作。#おとないちあき・画。(くもん出版)

Photo帯コピー「総理大臣になりたいって笑われるような夢なの!?」ここから始まるストーリーはいくらでも予想可能だろう。同時にそこに問われる「現代社会」の問題は無尽蔵だ。それらの諸テーマをまとめれば、問題の原点を見直そう、伝え直そう、ということではないか。
作中で、人生最初の政治システムへの参加「学級委員」を考えるきっかけに、図書館でマンデラの伝記に出会い感動を受ける。政治参加を問い直せば、国会見学という学習方法論の見直し。当然の流れとして問うまでもなく女性の政治参加は街の街頭演説に見出せる。
LGBTという言葉こそ直接出てこないが、バレンタインデーの男から女へのチョコなんて菓子メーカーの販売戦略に一つに過ぎなくて何らこだわる必要はない。友達、お世話になった人に感謝や好意の贈り物、誰でも何でもいいわけだ。
義務教育を図書館で調べれば、教育を受けるのは「権利」だ。
時代の必然として国際交流は向こうから問いかけてくる。必然的に異文化の問題。十二支ですら、中華圏から日本に流入した段階で豚と猪は、混然となってしまったことをもはや文化の誤りを正せとは言えないだろう。文化とは純粋なものではない。
戦後五十年、先人達が積み重ねてきたものを私達は、次世代に伝えるべきどころか、この不況二十年で余裕を失い、忘却してしまった。今こそ、基本と原点と方法を私達は勉強し直そう。

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2017年9月30日 (土)

本感想:ビブリオバトルへ、ようこそ! 濱野京子・作。森川泉・絵。(あかね書房)

Photo「ビブリオバトルへ、ようこそ!」濱野京子・作。森川泉・絵。(あかね書房)
濱野京子の小説は、描写に共感することが多いので読み進まなくなってしまう、とこれまでも度々書いてきたが、今回はまた一段とその状況が長くなった。何しろ書評=本の感想と学校図書室がテーマだから、あまりにもツボだ。
ここのところ、ビブリオバトルのことはなんとなく見聞きしていたが、児童書のタイトル、テーマとして、色々な作家に競作させているようだな、位にしか、感じていなかったが、こうして、実際にビブリオバトルテーマの小説を読んでみていると、ずっと昔、書評と言うのはいかに面白そうでも、読者も書評の書き手にシンパシーがないとだめではないか、と漠然と考えていたことを思い出した。ビブリオバトルは、紹介者の色々な意味での「顔」が見えるんだな、その点だとまだ、バトルである必然性は感じないのだが。
さて、本書のヒロインは、好きな男子につられて本を読み始め、彼にアピールするために、ビブリオバトルに参加する、という動機だ。他にも、参加者は、本好きとは限らない、動機は様々、本好きでも参加拒否する子もいる。そこがドラマであり、読者は、そのいずれにも共感できるところがいい。
この過程こそが単なるブックレビュー、今時で言うところのブックトークとの違いか。
バトルそのものだけを考えれば「本」を巡ってなぜ競い合う、と疑問を呈するのは当然だが、競い合うことで技術は向上する、そう、読書感想文のテクニックがこれまでの国語教育には欠けていたのだ、他者の存在とその重要性を意識するようになる、翻って個性も顕現する。
※私自身、韓国の純情漫画(少女漫画)のレビューについて省みるところが大きい。
※絵は、著者のあかね書房からの前作「アカシア書店営業中!」の森川泉、作中にもアカシア書店が「ゲスト出演」している。そして気が付いた、同作に続いて本が媒介する「場」の存在を訴えたかったのかもしれない。
※ヒロインの祖母が本への誘い手としていい味を出している。本は世代をつなぐのだ。
※韓国ネタがあって当然私としてはニヤリ。
※「ビッグイシュー」誌は、私も購入するようになって延べ三百冊位の筈だ。
※ヒロインが最後に紹介する本は、やはり濱野京子だ、と思わせる。

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2017年4月26日 (水)

本感想短編二題: #がんばっている君が好き(絵 #結布 ) #秘境ループ #濱野京子 作

二編いずれも2016年発売のテーマアンソロジー短編集に収録された濱野京子の作品という以外、具体的な発売時期、意図も、出版社も、他の執筆者も異なるのだが、私という主体が、今この時期に、立て続けに読んだという行為を介すると、共時性や共感が色々現れる。
かたや舞台が図書室と言えば、私も色々思い入れがある方だと思うが、日本の図書館行政の貧しさは今に始まったことではないし、俗にツタヤ図書館といわれる司書とコーヒーを秤に掛けたような、それ自体図書館の魂を売ったような事実があるし、ちょいと視点を変えれば、ごく最近「博物館の学芸員はがん」などと暴言というより己の知性すら貶める発言をする政治家もいるし、と残念な話題に事欠かない。
さて、肝心の本編を読めば、短編なのであまりネタバラシはしたくないが、どちらも初恋の成就に願を掛けながら、かたやリアルに誤解というほろ苦さ、こなた幻想に所謂「悪魔の取引」のバリエーションまで加えて複雑な構成を組みながら、読み終えると実はどちらも、願掛けは本当に必要だったのか?、これからも願い事は可能性を残しているではないかと考えさせる。
両作品とも願い事という奇跡を望む少年達の姿を描きながら、その価値を否定しているのではないか。特に図書室を舞台にした方の作品では、奇跡の価値の否定を問いつつ、加えて幻想に誘う存在として司書を描くことで逆説的に司書は結果を保証してくれる存在ではなく、知の導き手であり、その在り方を間違えてはいけない、という読み方もできるのではないか。さらにジェンダーへの理解共有の為に少年の男女のそれの固定化も否定して描いていることも忘れてはいけない。

「がんばっている君が好き」小学館。「あまからすっぱい物語」シリーズ第1巻。※絵を担当している「結布」は、現在、上橋菜穂子の「闇の守り人」の漫画化を連載執筆している方じゃないかな。
「秘境ループ」講談社。「ぐるぐるの図書室」収録。装画・挿絵/くまおり純。

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