カテゴリー「吉田とし」の記事

2021年8月29日 (日)

#吉田とし という #児童・青春小説 家がいた その26「#潮がくるとき」#集英社

「潮がくるとき」吉田とし著。初版は1971年集英社刊行だが、初出は1970年中にやはり十代向け文芸誌に連載したものらしい。わたしの手元にあるのは、やはり集英社コバルト文庫版で昭和51年12月10日初版発行、とある。
 御前崎から静岡市内に引っ越し、市内の高校に合格、入学したばかりの、速水暁子(はやみあきこ)の一年弱を描く。
 愛と性をテーマとしたシリアスな物語をテンポの良い文体で一気に読ませるのは、この作者の持ち味。
 本作では、主人公暁子が中学時代の27歳の恩師から愛を告白されるし、暁子も同じ気持ちだが、この先生に、6月から一年間会わずに過ごしてお互いの気持ちが変わらないか、確かめ合おうという提案を受ける、というやや特異なシチュエーションだった。
 結果的には、高校生活を始めた暁子が新しい出会いを経験し、一年を待たずして恩師への思慕が徐々に冷め別れるのだが、学校生活、その他の登場人物、季節の変化、行事など舞台背景の描写も長さの割にはやや物足りなかった。

※「その21」からここまで、ざっと満6年ぶりに、「吉田とし」の青春(ジュニア)小説中心に記事を集中して書いてみた。十代の愛と性についてのテーマを真摯に語り、しかも1970年前後の、極めて多作な筆力にはあらためて驚かされた。だが不遜ながら私なりに、この作者の持ち味は愛と性について語るだけでなく、暮らし、季節感、自然、脇役、社会、政治など、一年間の舞台背景の動的な変化も巧みにテンポよく時にユーモラスに挿入される時に真骨頂を発揮する、とも思った。そういう意味では「吉田とし」はエンターテイナーだ。さらに個人的には私はやはり「吉田とし」の児童文学の方が好きだ、と再自覚した。

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#吉田とし という #児童・青春小説 家がいた その25「#稚くて罪を知らず」#集英社

「稚(おさな)くて罪を知らず」吉田とし著。初版は1971年集英社刊行だが、初出は一年前1970年初めあるいは69年末の「小説ジュニア」らしい。私の手元にあるのは集英社コバルト文庫版で昭和54年6月15日第5刷発行、とある。
 三島に暮らす共学高校二年16歳の荻原七重(おぎわらななえ)の父親が死んだ。葬儀の時に父の好きだった庭の金木犀の枝を手折って、独りになっていた七重の背後にそっと置いて去った、四十歳の亡父の友人男性の秋津に関心を持つ。
 今後の母と兄弟姉妹の身の振り方を巡り、叔父夫婦との葛藤を通じて、秋津が亡き叔母の恋人だったこと、頼りになる存在だと知り、さらに彼に積極的に接近、夢中になっていく過程を、気のいいボーイフレンド、圭介との恋と軋轢、七重と圭介の同級生、歌子との友情、時代背景として高校紛争、人はいいが一寸鈍い秋津夫人、母と兄弟姉妹との暮らしを織り交ぜながら描く。
 最後の場面は、七重と惹かれ合うことを自覚した?秋津がこれを避けるようにフランスへ長期出張することになると、涙をこらえるだけの七重を、圭介が急き立てて、追いかけてちゃんとお別れをしろ、と促すが、間に合わず秋津は行ってしまう。

「ラベンダー色の誘惑」同時収録の短編。やはり1970年初出らしい。新宿の男子高校生、文芸部の館野信彦(たてののぶひこ)のユーモラスな一人称で、同級生のしっかり者の高木梢との恋、二十七歳のデザイナー、矢代波奈子(やしろはなこ)との交流と失望が一気に語られる。

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2021年8月27日 (金)

#吉田とし という #児童・青春小説 家がいた その24「#ヴィナスの城」#集英社

「ヴィナスの城」吉田とし著。集英社、初版刊行は1970年のようだが、私の手元にあるのは集英社のコバルト文庫(昭和52年2月10日6版発行)。さらに実際の発表は1969年らしく、当時はまだジュニア小説(この呼び名は集英社が「小説ジュニア」誌を中心として普及させたらしい)と称した、今では想像できない複数あったハイティーン向けの文芸誌上の一つ。※つまり作者はそういう各誌に同時期に矢継ぎ早に作品を発表しつつ児童文学も発表し続けている。質量ともにその筆力が凄い。
 同時期に作者は「たれに捧げん」など政治の時代を背景としたジュニア小説の代表作もあるが、本書では政治はうかがえず、家庭や学校内と言った限定された空間が舞台になっている。
 都心の私立女子校に通う16歳、二年「加納千絵(かのうちえ)」の愛と性の苦悩を、一年前の千絵の秘密を彼女の日記で語り、現在を三人称で千絵の視点を中心として描きながら、美術部顧問の教師、26歳の志野徹也が千絵の描く絵を通じて彼女の苦悩を見抜く、という凝った構成で、やがて二人が心を通い合わせる過程が綴られていく。
 千絵の秘密というのが、一年前に従兄の大学生と愛し合い、関係を持ち、別れたという、一筋縄ではいかない重さで千絵独りにのしかかっている。その秘密を最初に知り唯一の理解者、助言者となるのが志野先生であり、千絵の両親、クラスメート、志野以外の教師はいわゆる世間の無理解という役回りだ。ラストは、志野が、千絵との結婚を決心、いわゆる啖呵を切ってハッピーエンドとなるが、作中、愛と性について二人だけが真剣に雄弁に語るのは重過ぎ、あるいはやや図式的だったか。

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2021年8月24日 (火)

#吉田とし という #児童・青春小説 家がいた その23「#海が鳴るとき」#集英社

「海が鳴るとき」吉田とし著。集英社、初版刊行は1968年のようだが、私の手元にあるのは集英社のコバルト文庫(昭和56年4月15日第4刷発行)。逗子の私立女子高校の二年生古藤鮎子(ことうあゆこ)と、その叔父といっても母の年の離れた実弟でまだ大学生の原茂樹の純愛。叔父と姪という関係だが性的な描写も抑制されたあくまで内面心理中心。
 全編、鮎子の日記という形式で11月から翌年の10月までを語る。鮎子の目を通して描かれるのは茂樹への思慕、母との軋轢、茂樹自身の葛藤、鮎子の友人の恋愛事情などだが、全ては鮎子の喜怒哀楽、愛憎の主観を込めている。時代背景なども垣間見えるが、あくまで限定的。鮎子自身の心理描写が激しくうねるように語られるが、やはり高潔な気品と文体、それでいてテンポの良さはこの作者の持ち味だ。

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2021年8月23日 (月)

#吉田とし という #児童・青春小説 家がいた その22「#愛と性についての16章」(装幀、イラスト・ #磯部加代 )#潮文社

「愛と性についての16章」吉田とし著。装幀、イラスト・磯部加代。潮文社。昭和54年10月15日発行。小説ではなく、エッセイ集だが、書き下ろしなのか、収録なのかは不明。タイトル通り、章毎に、作者の思うところや、相談や愛読者からの手紙に基づいてという具合に形式も自由に、恋愛、性、母、青春などについて書かれたもの。
 ただ、どうもつかみどころがない感じ。執筆、刊行のきっかけとかの具体的な記載が一切ない、出版社も2017年に廃業したらしい。但し、本書を古本屋で購入したのではなく、詳しいことは忘れたが21世紀に入って随分経ってから某オンラインブックショップを通じて、新刊本として購入出来た。古本のように頁の紙も茶色になっていたが。
 内容的には、この作家らしい、テンポのいい、気品と知性を感じさせる文体で真摯に記述されたものだが、発行時期を考えるとやや複雑。同時期の私の記憶を振り返ると、古臭いかなと感じなくもない。集英社の所謂「ジュニア作家」としては既に、かの氷室冴子がデビューしていた筈なので、青春小説作家も読者も、時代、世代の転換期だったのではないか、と思う。私の単なる妄想だが、これを最後に作者は青春小説から退き、児童書に専念したのではないか。

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2021年8月20日 (金)

#吉田とし という #児童・青春小説 家がいた その21「#生と死と」

「生と死と」吉田とし・著。小学館スクエア・刊。私の持っている版は2009年8月15日初版第一刷発行、とある。
著者の死後二十余年を経て妹が発見、刊行した。児童書ではなく、著者自らの乳癌発症、入院手術、退院までの日々を綴った。
同氏の創作と同様のテンポの良い簡潔な文体で、自身の生と性、老い、乳房喪失、闘病生活に向き合い、さらに周囲の人々との温かい交流への目配りも怠りなく表現されている。
 晩年の著作となることは間違いないが、年号は記述されていないし、同氏の直接の死因ではないし、絶筆とは限らない。
※というか、多作な同氏はこの退院後も児童書を執筆、刊行し続けた、と私は思う。作中、著者が回想する、ある編集者の言葉として「作家は死の直前まで書いてほしい、直前の心理を」とある。対して『(わたし、そうしよう)』と思い続けたというくだりがある。同氏に相応しい決意表明だと思うからだ。

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2020年10月19日 (月)

映画感想「アイヌモシリ」を観てきた。(20201019)

Photo_20201019194701 最初から最後まで美しい映像にウットリし、三十余年前から数年間の私の知るアイヌの回想とそれ以降のあまり私の知らないアイヌの状況に浸っていた。アイヌは和人の日本化政策に従って子や孫にアイヌ言語や文化を伝えるのをやめた。なのにアイヌ差別は亡くならなかった。そこでアイヌの若者たちは日本人になったのにアイヌとして差別され日本人としての待遇を受けられないなら、アイヌの誇りを、言語を、文化を取り戻そうとし始めた。※私が当時交流のあった千葉大のアイヌ語学者の中川裕先生は「アイヌの若者が言葉や文化を取り戻そうとする時に手助けをする為にアイヌ語を研究しているんだ」と仰られていた。
私が実際に見聞したアイヌはアイヌの若者の学費、進学資金の捻出に苦労していた。その為に民芸品やアイヌの刺繍細工などをギャラリーや教会でせっせと展示即売したり一生懸命寄付を呼び掛けていたが、とにかくあの頃の世間は無視、無関心だった。
それが平成時代、あるいは21世紀に入ってからようやく、国連を始め海外からの少数民族人権問題の啓発などの影響で(※私個人は知らぬ間に)世間、国や地方自治体の関心も集まり、多くの福利厚生政策・制度も進められた。かつてとは隔世の感がある。
なのに、インターネット時代、とくにSNS普及に合わせて、それらがアイヌ利権だ特権だ、不正だのと、揶揄中傷が広まり情けないことだ。さらには国連人権関連委員会などに訴える為に民族衣装を着て臨む人々を「コスプレ」と称する国会議員が現れるとは想像もしなかったし唖然とした。
と映画に関係ない感想を書き連ねたが映像を観ながらそんなことを回想し続けていた、ということだ。
美しく虚と実の溶け合った映像に、私はかつての小栗康平監督の「伽耶子のために」「眠る男」や台湾のホウ・シャオシェン監督を想起した。
※蛇足だが、本編最初の方の三者面談場面の机上に並ぶ叢書に驚いた。映画プログラムにも写真が掲載されているのだが、あれは「吉田とし『ジュニアロマン選集』」だ。なぜあんなにきれいにまとまった形で揃えられているのだろう、羨ましい。

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2015年3月15日 (日)

吉田とし という児童・青春小説家がいた その20

「むくちのムウ」吉田とし 作。鈴木義治 絵。あかね書房 あかね新作児童文学選・5。私の持っている版の奥付は1975年の第5刷となっている。
前書きに「友だちってなんだろう、ぼくはひとりでかんがえていた・・・」とある。
5月のある日突然、六美くんという少年がものを言わなくなった。そんな彼を巡って先生、同級生の一人一人の反応、対応は・・・。
これは、今で言うなら実験的手法というべきか。ものを言わなくなった少年が問題、ではなくて、彼はむしろ狂言廻しの役割で、主題は彼を巡る周囲の人々の当惑や対応にある。かつての小学校の先生は、この作品を読ませて、児童達がどう対応するか考えさせる、という副教材のように用いたこともあるらしい。
六美くんことムウくんをやさしく気遣う少女。からかう少年。彼の態度を一切気にせずに普通に接するおじいさん。当惑して独り涙する先生。やがて怒りだす子供達も。そしていらだった子供達が集団で襲いかかり気を失ってしまったムウくんは、気がつくと先生に「みんな、きばがあったよ先生。あの顔、友だちの顔じゃなかった」そして、ムウくんは、家の都合で突然インドへ行ってしまった。先生に作文を残して。その作文は、<<むくちのムウ>>・・・そして本書の本文の冒頭が書かれていて・・・という循環構造だか円環構造とかいうやつ(文学用語は分からんが)になっている。
異常な事態に当惑する周囲の動きの描写がシンプルながら今読んでも実にリアルに感じられる。やはりこれは、突然の非日常的な事態が現実(リアル)に生じた時にこそ友達とは何なのか、友達として対応するとはどういう事なのか、どう対応するべきなのか、と色々考えさせるテキストとして書かれたのだろうと、私は追認するしかない。
そして2015年の今も、様々な事件を通じて、当事者と周囲の自他の関係の在り方は問われ続けているではないか。そういう意味で本書のテーマ?は今もリアルで重いのではないだろうか。

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2015年2月 6日 (金)

吉田とし、という児童・青春小説家がいた。その19

「燃える谷間」吉田とし 作。藤澤友一 絵。文研出版。「文研じゅべにーる」叢書。私の持っているのは昭和52年の第2刷だが、マルCマークの脇には1976 とある。
関東地方の山地の村を舞台に、高度経済成長期の汚点、土建屋行政の恩恵に浴した地域の有力者と保身のために有力者におもねる大人達、その横暴から出た不始末の濡れ衣を着せられた少年とその家族の苦悩と、広がる悪意の連鎖、とくればどこかで聞いた話、よくある話と思うかもしれないが、21世紀になった現在でも、そう感じるという事が問題だ。つまり未だ問題の本質は生きているという事がこの国の現実だ。
しかし、作中に、やはり子供を有力者の横暴で失って、いわゆる頭のおかしくなった女性が登場するので、女史のファンには残念ながら、再び世に出にくい作品かもしれない。読んでみた私としては、差別的表現も悪意も不分別、無思慮も感じられないと断言する。
さて、本書は、今時の饒舌な小説とはことなる。地域住民の多数派の横暴と悪意の連鎖に、少数の人々が透の無実を信じて真相を探る、余分な説明は一切省いた簡潔で歯切れのよいサスペンスミステリー形式の文体だ。ん?、これはむしろハードボイルド文体というべきか?。
少年、透(とおる)の無実が明かされるラストの場面。有力者の手先となって散々、透を罵倒し陥れ続けた男が、逆に罪を着せられそうになると、透はオジサン(が犯人)ではない、と叫ぶ。その時の描写を以下引用する。
『ハッとしたようすで、透にふりあげたこぶしをおろした。』これだけだが、男の心境が一転したことが実に明快だ。そしてこの後、ややあってから男は、真実を暴露してその場を立ち去る。話の最後もエピローグとか後日談はない。締めの一文は、
『みんなは、透のことを思っていた。そして、透や透の一家につらくあたった人たちは、じぶんのいったことやしたことを、だまってじっとみつめていた。』
これだけだ。くりかえすが己の罪を『じっとみつめていた』と表現している、子供にも分かる簡潔明瞭さ、しかも子供の物語とは思えない程鋭く、余韻が残る。

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2014年8月24日 (日)

吉田とし、という児童・青春小説家がいた。その18

「春の祭り」中篇程度の分量で、実にテーマは盛り沢山。地方の漁村地域の私立女子高生二人が主人公。地方の祭りの太鼓叩きの若い男性の男らしい魅力と女人禁制という伝統行事にありがちな男尊女卑への批判的視点。初恋。地方の青年達の誠実と不実。実の父親による娘への近親相姦という衝撃的な性。女子同士の友情と心身ともに受けた傷の癒しなど。
青年の名セリフ『つらい経験をしたあなたが、毅然とした態度で生きてる姿を見たら、ぼくは感動するだろうと思う。(中略)なんてきれいな女性なんだろう、って』
エピローグは、青年二人と主人公の二人だけの新春の祭りでタイトルテーマに至る。それは伝統の祭りではない、新しい性と生に立ち向かう男女の新しい未来形の祭りへの期待と願いか。
具体的な時代も地域も特定させない簡潔さと、それでいて地に足のついた詳細な叙述と誠実な文体で普遍性と土着性のある生と性の姿を映すことを目指した意欲作、と私は感じた。

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